第180回 天満橋(大阪府大阪市)→淀(京都府京都市)
令和8年4月6日 晴れのち曇り 距離未測定(56,690歩) 9時間30分
大阪城から江戸城へのカウントダウンの始まり
京都から山陰を通って下関へ到達し、山陽を通って大阪へ戻る。約12年かけてまわってきた西日本の思い出を胸に刻みこんで、今回からは新しい旅が始まります。前回の終盤に通過した高麗橋から始まる京街道。これは東海道五十三次の最後の宿場である大津宿の先から分かれ、三条大橋に向うことなく大阪へ向かう街道です。大名行列が平安京に入ることを許されなかったことから発達したとの説もあり、伏見・淀・枚方・守口という四宿が設定されていて、これらを合わせて「東海道五十七次」と呼ぶこともあります。
僕が以前のシリーズ「東海道五十三次膝栗毛」で踏破したのは、その名の通り東海道「五十三次」の方です。よってこの京街道の四宿はまだ通ったことがありません。今回からの新シリーズは中仙道を通って江戸へ向かおうというコンセプトなので、せっかくなので大阪からこの京街道を経て中仙道に合流しようと思います。中仙道は「六十九次」ありますからこれに京街道の四宿を加え、僕の今回の旅は「京街道・中仙道七十三次」。そして江戸日本橋からではなく高麗橋から逆にたどるので、宿場の番号も73番目から始めてカウントダウンしていきます。遠い先にある中仙道1番目の板橋宿に向けて、午前7時10分、天満橋を出発! 前回の最後に到達した地下鉄の入口と、何とも不思議なモニュメントが印象的です。

早速ですが、桜の季節、天満橋の桜に目を奪われました。そして右手にはビルの合間に大阪城。淀川の桜と大阪城に見送ってもらいながら、江戸への長旅の始まりです。何年後になるかは分かりませんが、日本橋では皇居(かつての江戸城)と、どんな景色が出迎えてくれるのでしょうね!?

京橋のにぎやかな交差点を通り過ぎると、いくつかの学校を過ぎて、早くも都会の喧騒から生活感のある小径に入ります。このあたりの京街道は結構細い道が複雑に曲がりくねっていて、しかも東海道や中仙道ほどには案内板が多くなく、時々自分の進んでいる道が正しいのか不安になってきます。所々に由緒ありそうな石碑や神社、常夜灯があったり、時折見かける「京かいどう」と書かれた道しるべを見ると本当にホッとします。森小路(もりしょうじ)、千林(せんばやし)あたりではアーケードにもなっていたりして、生活臭がプンプン。でも道端で立ち話しているご老人たちもとても気さくに道を教えてくれました。何とか迷わずに進めました。ありがとうございました。

守口宿が近付いてくると、地元で有名な守居神社と日吉公園。大丈夫、道は間違ってなさそうです。この公園の桜もまだまだ見頃で素敵でした。ここから何とか間違えずに小さな坂を上ると、最初の宿場町(僕のこの旅では先述のようにカウントダウンしますから73番目の宿場町)、守口宿に入ります。

坂を上った高い場所にある宿場だなぁと思っていたら、ここは豊臣秀吉が命じて改修させた文禄堤の上にある宿場のようでした。この文禄堤の解説板にも、そして宿場の民家の軒先にも。とにかく「東海道五十七次」が強調されています。正直なところ、大名の多くは東海道よりも中仙道を通ることが多かったと言われていた(東海道は七里の渡しがあるから大人数の移動にあまり適していなかった)ので、「中仙道七十三次」の方が絶対に良いと思うんだけどなぁ…。

京街道は国道1号線とつかず離れず並走しているので、この辺りでは静寂に満ちているわけではないのですが、それでもそこはやはり宿場町、西御坊と呼ばれる難宗寺、少し行くと東御坊と呼ばれる盛泉寺などの前で立ち止まると、往時の雰囲気をしっかり感じられます。

そしてかなり新しく作られたものではあるものの高札場、またさらに進むと宿場のはずれには守口一里塚跡と、久しぶりにがっつりと街道歩きをしているなぁという気分に浸れました。

さて、ここから次の宿場がある枚方までは、京街道は淀川左岸の堤の上を歩きます。八雲公園の脇を通って国道1号線を横切ると、道は堤防の上に上がってきました。しばらくは道に迷う心配もなく、淀川の流れを楽しみながらユルユルと歩けます。日差しはありますが、風は心地よく吹いていてとても気持ち良い。
しかし、このようなまっすぐな道は、先を見通せてしまうとそれはそれで精神的には疲れます。なかなか景色が動かない。遠くに次の橋が見えますが、それがいっこうに近付いてこないし、振り返ってもさっきまでの景色と大差がない。それでも広い広い河川敷ではランニングしていたり、サッカーしていたり、キャッチボールしていたり、犬の散歩をしていたり、それらを眺めながら2時間弱の堤防沿いを歩き切りました。

堤防から下りる頃になると右手前方に観覧車が見えてきます。枚方パーク、通称「ひらパー」です。僕は旅人の身ですからもちろんそんなテーマパークに目を向けることもなく、再び京街道の小径をクネクネと曲がりながら歩きました。ちょうどこの日は小学校の入学式だったようで、ご両親とともに新しいランドセルを背負って学校から帰って来る小学生たちともたくさん会いました。挨拶した方がいいのかなぁ…。でも不審者に声かけられたくないのかなぁ…。と思いながら、結局何も言わずに旅人に徹しました(笑)。
まだ枚方の宿場までは少し距離がありますが、この風情のある小径には光善寺というお寺があります。蓮如上人に関係するお寺だと聞いたことがあるような気がします。古い感じのお寺ではなく、かなり新しい造りの大きなお寺でした。街道沿いには小学校も高校もあり、ここでコンビニで小休止。昼も過ぎたので、少し軽食をとりました。水分も摂取して、さぁ、ここから後半戦です。

再び坂を少し上るといよいよ72番目の宿場、枚方宿に入ります。西見附にはしっかりした碑と説明板が設置されていてとても分かりやすかったです。そしてすぐ先の街道脇に鍵屋がありました。江戸時代に大坂と伏見を結ぶ船に乗降する人のための船宿と言われ、大正以降には料亭としても名を馳せたそうです。確かにこの建物のすぐ裏手は淀川になっています。他に本陣跡などもあり、比較的大きな宿場だったことが偲ばれ、街道沿いに住んでいる方々が往時の面影を少しでも残そうと努力されていることがひしひしと伝わってくる素敵な宿場でした。

京阪電車の枚方市駅前にもしっかりした説明がなされており、さらに宿場からでる東見附にもちゃんと分かりやすい碑が設置されていました。

ところで、この東見附の案内板の奥が堤防になっているのが分かると思いますが、ここから街道は鵲(かささぎ)橋で川を渡ります。この川、生駒山から流れ出て淀川に合流する河川で、「天野川」と言います。発音すると「あまのがわ」。この川は川底の白い砂が「天の川」のように見えたことから付けられた名前だそうで、「かささぎ」が織姫と彦星が1年に1度の逢瀬の際に羽根を広げて橋渡しをする鳥であることを考えると、とてもロマンチックな橋のように思えてきました。もう少しちゃんとこの説明を書いておいてほしいなぁ…。
枚方宿を出ると再び次の宿場までの道が始まります。守口から枚方までの堤防沿いの小径とは雰囲気はまったく違いますが、ここもやはり淀川左岸をずっと進みます。ただし車の通りはかなり多く、すぐ隣を京阪本線も走っているので、まぁまぁにぎやかです。午後に入って予報通り曇ってきた頃、楠葉(くずは)駅に到達し、ここから京街道は堤防の下の小径に下ります。車の喧騒が聞こえない街道沿いはやっぱり静かで落ち着きます。
小さなお寺を過ぎると、ここに大きな府界があります。前回入ったばかりの大阪府から、僕のウォーキングは早くも京都府に入ってしまいました。通るコースにもよりますが、やっぱり大阪府って面積は小さいのですね。京阪本線の橋本駅の手前で、久しぶりに京都府に戻ってきました。平成27年春の第146回の旅で、日本海側の京都府京丹後市から三原峠にて兵庫県豊岡市に抜けて以来の京都府に、下関までまわって再び戻ってきました!
京都府に入って最初の市は八幡市。徒然草第52段「先達はあらまほしきことなり」で有名な石清水八幡宮がある市です。街道沿いには「はちまん」様への道しるべも立ち始めました。そして屋台も立ってにぎわう、石清水八幡宮に到達。京都府内にあり、しかもかなり京都府の端(平安京から遠く)にあることは知っていましたが、本当にこんなに大阪府との府境に近いロケーションなんですね。

石清水八幡宮前にかかる端は御幸橋(ごこうはし)といい、木津川と淀川をイッキに渡ります。その2本の河川の真ん中の中洲は「背割堤」と呼ばれ、ここもまた桜の名所です。今朝、出発地の天満橋でも淀川沿いの桜を楽しみましたが、今日のウォーキングの最終盤になってまた再び淀川の桜を楽しむことができました。午後になって曇ってきたせいで空が灰色だったのだけが少し残念でしたが…。

淀川を渡ると八幡市からいよいよ京都市に入ります。これも平成25年秋の第141回の旅にて、老ノ坂峠手前の国道9号線で亀岡市に出て以来、久しぶりの京都市になります。その時は西京区から出ましたが、今回のここは伏見区。

ほどなく街道は淀の宿場に差し掛かり、僕の今回のウォーキングは京阪本線の淀駅をゴールとしました。午後4時40分、曇り空の中での到着です。第165回の旅のゴールだった山口県の「光」以来、久しぶりの1文字駅名のゴールです。

ちなみにこの駅の北側にある淀城址は、二代将軍徳川秀忠が西国の警護のために築いたと言われています。豊臣秀吉の側室である茶々(淀の方)とは関係ないらしいです。
次回はこの71番目の淀宿からスタートして、70番目の伏見宿へ。さらにその先の中仙道との合流も見えてきました。
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